実は先週くらいから平日お酒を飲むのをやめている。
夏休み中にそれこそ浴びるかのように飲んだせいで、夏休み最終日近辺に「ん、ちょっとお酒……いらないな」と思ったのが始まりで、じゃあ、いい機会だから仕事のある平日はやめておくかと軽い気持ちで誰に言われるでもなく、自分で決めた。つまり土日は飲んでもOKという、なんとも甘い自分への取り決めだ。人間、自分に一番甘いのである、テヘ。しかし暫く飲まないと、お酒への耐性が弱くなってくるようで、先週末のお酒の解禁日も、結局なめた態度で満足してしまい、大して飲まなかった。土日で焼酎の五合瓶、四分の一程度だった。
以前は飲まないと落ち着かないし、何はともあれ家に着いたらすぐさまお酒を飲んでいたが、慣れてしまえば冷蔵庫にはビールが一杯入っているし、焼酎も大量に残っているのに「飲みたい」という気持ちさえ起こらない。不思議な物だ。でも、よくよく考えてみれば、酒を毎日、吐きそうになるまで飲む方が生活の習慣としておかしいので、まあ、極一般的な人の生活と同じになったと言うだけの事だろう。酒を飲まないと、何故か夜、早々に眠くなるし、目覚めがちょっとだけ良い。
まあ、いままで人の何倍も酒を飲んで来たのだから、ここで少しセーブするくらいはなんてことない。別に禁酒した訳でもないので精神的にも悲壮感もないし、このまま平日は基本飲まない生活をして行けば、少しは痩せるかな、と思っている。ここ三年で毎年体重は1キロづつ、ウエストは1センチづつ増えてきたので、ちょうど良いかもしれない。ま、過度な期待は禁物だけど。
「ひみつきち」とは、なんと素晴らしい響きだろう。その言葉の響きで気持ちは高揚し、その文字列を見ると興奮する。そんな不思議な力が「ひみつきち」には存在する。そして、実際、僕たちはその憧れに自我を我慢出来ず「ひみつきち」を子供の頃に作ったりもした。それはまったく「ひみつ」ではない代物だったが、「ひみつのようなもの」「ほかの友達には、ひみつ」という「エセひみつ」で十分満足だったし、それ以上を求めなかった。いや、子供の技術力では無理という話もあるが、でも実際、本当に完璧に「ひみつ」だったら、それはそれで面白くないのだ。「じゃー放課後、ひみつきちでなー」とかと大声で喋ってしまうのである。「ちょ、それってぜんぜんひみつになってな……」とか思っても、決して口に出してはいけないのである。暗黙のルールなのである。どれくらい暗黙なのかと言うと、引くと部屋が真っ暗になってしまうくらい暗黙なのである。あ、それは暗幕か。
それを観て子供達が失笑してました。どういう意味だかは解りませんがね。
アイデンティティがない 生まれない らららら
アイデンティティがない 生まれない らららら
好きな服はなんですか? 好きな本は? 好きな食べ物は何?
そう そんな物差しを持ち合わせている僕は凡人だ
映し鏡 ショーウインドウ 隣の人と自分を見比べる
そう それが真っ当と思い込んで生きてた
どうして 今になって 今になって そう僕は考えたんだろう?
どうして まだ見えない 自分らしさってやつに 朝は来るのか?
いい歳ぶっこいて、僕は何をやってるのだろう?