とおまわりして帰ろう
久しぶりに写真関係のネットをブラブラしていたら、M2_pictlogさんの所で、トラックバック企画「俺のOM曝そうぜ!」というのをやっていた。そしてその企画に参加しているページを拝見していたらなんだかムラムラして来たので、僕も自分の愛機OM-1の写真を撮ってみる事にした。
【OM-1 + G.Zuiko 50mm F1.4】僕の冬の定番のcarharttのコートと一緒に。
このコートは何年目だろう。10年近く使っていると思う。もう袖の部分はボロボロだし色落ちも激しい。でも、新しいのを欲しいとも思わないし、重いけどもの凄い暖かいから、破れてしまうまでは冬はこれで過ごすつもり。冬はこのコートを着てOM-1を片手に散歩している。つまり、このコートとOM-1はコンビと言う事だ。コートのポケットはとても大きいので、両手を使いたい場面が出たらOM-1はコートのポケットに収める事が出来る。僕はカメラを首からぶら下げない主義なのだ。
OM-1についてのなれそめとかは僕の古いブログの方に記述してあるのでそちらも是非参照して頂きたい。
と、ここまで書いてある事に気がついた。
このブログにはトラックバック機能がない。
つまり企画に参加出来ないのだ。完全な(僕の)企画倒れである。
でも、このカメラもコートも、僕の愛おしいモノ達である事は、間違いない。
連投すいません(いや、自分のブログだし)。
と、放置が続いた後に連続でブログをアップデートするとなんだか申し訳なくなってしまうのは何故なんでしょうね? 昔は毎日書いていたのに……。まあ、読んでる人から見れば、知るかっ! って話ですが。
さ、っと、言う訳で(AMラジオのDJ調で)、今日もお送りします、Ochaと愉快な仲間達(違う)ですが、今朝、出社前に停止液を作りました。昨日、現像液を作ったら今後行われるであろう現像処理にワクワクして一日楽しかったので、今日もそのワクワク感を味わいたくて作ってみました。
停止液と言うのは酢酸を水で割って作るので、当然、酢っぱい臭いがするのですが、朝、家族が誰もまだ起きて来ていない静かなリビングで一人メスシリンダとビーカを引っぱり出して、撹拌棒で液体を、中学校の理科室よろしく混ぜ混ぜした訳すが、処理が終わって保存ボトルに出来上がった停止液を移してタバコに火を点けコーヒーを飲みながら一服していると気づいたんです……
「酢くせぇ!!」
これは誰か家族が起きて来たら、大変な騒ぎになると踏んだ僕は、このクソ寒い真冬の早朝にリビングの窓を全開にした訳なんです。ちなみに付け加えると、我が家の家族は皆、寝起きは最強に最悪に悪いです。えーっと、普段はそんな事ないんですが、寝起きに気に喰わない事があると、「君たちの今までの人生でどこでそんな言葉覚えてきたんだ」って思うような暴言を小声で沢山言います。この「小声で沢山」というところがミソで、ガラスの(ギリギリ三)十代のハートは、バッキンバッキンのガッシャンガッシャンのボッキンボッキンに壊れてしまう事請け合いなのであります。
……えー、古い上に解りにくいオヤジギャグを交えた上に解りにくい擬音でお見苦しい所をお見せしてしまいました。謹んでお詫び申し上げます。が、それくらい寝起きの家族は怖い訳ですよ。せっかくの朝コーヒーが冷めてしまいましたとさ。
「とさ」と書くと、話が終わったように感じるでしょ?
でも、もうちょっと続きます。辛抱してください。人間辛抱だ。
で、明日もこのテンションを維持しようと思い、「明日は定着液作るぞー」と息巻いて、一応定着液の原液残量をチェックしたらなんとないんですよね、ストックが。と、言う訳で会社帰りにヨドバシカメラで定着液の原液を買う事にした訳なんです。そういうのも楽しみになったりする訳ですから、人間って単純ですね。
で、会社帰り。新宿のヨドバシカメラのいつもの所。フィルムとか現像液とか売っている所にもの凄い寒さの中イソイソと向かいます。するとどうでしょう、なんとそこは「スマートフォン・アクセサリー館」になっているではないですか!! さすがにフィルムを使う人が殆どいない昨今、フィルムと現像薬品の為の店舗はさすがのヨドバシカメラも置いておけなくなったんでしょうね。仕方なく「カメラ総合館」へ移動します。たしか、ここの4階くらいに現像用品が売っていてハズ……と階段を上がっていくと、登っても登っても現像用品は売っていない。気がつくと最上階の6階まで階段を登ってしまいました。ニーズが無いので最上階に移転させられちゃったんですね、きっと。そして以前より売り場面積も明らかに狭くなっているし品揃えも……。でも、とりあえず、定着液をゲット。コダックがいろいろとあるので、今回は定着液にコダックをチョイスしてみました。ま、現像液もD-76を使っているからね。でも、ガロン表示はなんとも日本人には解りにくいであります。
と、言う訳で、無事、定着液の原液を手に入れました。ついでに富士のQWも補充。明日の早朝はきっと定着液を作っている事でしょう。
長い文章の割には内容が薄いエントリでしたね。
内容がないよ〜。
と、死語というか、甲骨文字時代いや、もしかしたら楔形文字の時代じゃないかっていうほど(いやいやもしかしたらロープを結んで記録している時代かもしれない)のギャグを書いて、フィルムの未来を憂いながら今日は筆を置きます。ってか、筆なんてここ何年も使ってないけど。
今朝はまた一段と冷え込みました。国営放送さんが言うには0.1℃だったそうで、水の凝固点までもうちょっとって所でしたね。まあ、そんな事はどうでもいいんですが、どうせブログ書くなら昨日の東京の雪による事柄を書いたらどうなんだって気がしないでもないんですが、アンチ・リアルタイムを掲げている(いつからだ)当ブログではやはり時事ネタはいかんだろう、と言う訳でワザと昨日の更新を避けてみました。でもでもね、今日、僕の住むマンションの日陰の部分には昨日の雪が氷となって残っていたので、無意識のうちについつい写真を撮ってしまいました。本当に無意識に撮っていたらそれはそれで怖いのですが、慣用句的に「無意識」を使って、それとなく雰囲気を出してみた次第なんですが、写真を撮ったのは本当です。と、いきなりアンチ・リアルタイムを覆してみました。なんでもブレイク・スルーが信条なものでね(嘘)。
ついでだから、もうちょっと今朝の僕の行動を書くと、朝、出勤前に現像液を作りました。いやぁ、普段は出勤前には余計な事はしないんですけれども、いざいつもと違う行動を取るとテンションが上がりますねぇ。なぜなんだか解らないけれども、これで仕事から帰って来てから現像が出来ると想像しただけで、なんだか今夜が楽しみになっちゃって、今日なんか鼻歌交じりで仕事しちゃいましたよ。実際はいろいろあって今夜のフィルム現像はしなかったんですがね。まだ、停止液も定着液も作ってないし。
さて、話をガラッと変えて……。
みなさんは通勤通学経路ってきちっと決めていますか? まぁ、電車の経路とかは別にして徒歩の場合の経路。僕は朝は決まっていますが、夜は決めていません。と、いうのも、夜の場合、僕の前方に女性が歩いていたら、女性と同じ方向に行かない為に角があれば曲がってしまうからです。
どうやら僕は端から見ると、ストーキング・フェイスをしているらしく、夜、女性の後ろを歩いていると、女性が何度も僕の方を振り返り、挙げ句の果てには走って逃げていってしまうという事態が多発した為です。別にカメラを首からぶら下げているとか、下半身を露出しているとか、スキップしている訳じゃないんですけどね。不思議なものです。
と、言う訳で、どうやら僕は相手に不安感を与えているらしいし、なにより自分自身が精神的に辛いので、前方に女性を発見したら、同じ方向に行かないようにしているのです。なので、会社帰りは、会社から駅まで、駅から自宅まで、毎回違うルートで歩いているので掛かる時間が毎回違うんです。まあ、精神的に傷つく(もちろん「僕」が)よりは良いと言う事です。
じゃあ、その後予定があって、イチイチ回り道してる暇などないときはどうするかって?
そういう場合は、走って女性を追い抜いていきます。
その時の追い抜きざまに見える女性の顔が、満面の恐怖を一瞬浮かべるのは言うまでもありません。
結局、僕の心が傷つくのは避けられないのです。ガラスの心なのです。クリスタル・ハートなのです。今日の写真の氷のように脆いのです。僕は。
この際だから言っておきます。僕は夜道で女性を襲ったりするような類いの変態ではありません。……じゃあどんな類いの変態か? って言いたくなったそこのアナタ!!
僕は変態ではありません(キッパリ)。言葉の節々で揚げ足を取るのはやめましょう。そこらへんは重々お忘れなきよう、かしこみかしこみ申し上げます(なんだそれ)。
いびつ、ひずみ、ゆがみ。すべて「歪」と書きます。漢字を分解すると「不正」
つまり、いびつな事、ひずみがある事、ゆがんでいる事は正しい姿ではないと言う事です。美しくないと言い換える事も出来るでしょうか。いびつな球、ひずんでいる床、ゆがんでいる鏡、すべて正確ではない、劣化している、規格から外れている、と言う事のようです。人は物体に対して厳しいようです。
しかし人自体はどうでしょうか。人の身体はシンメトリーには出来ていませんし、酒を飲み過ぎれば顔はむくんでいびつになり、辛い事が続けば心はひずみ、歳と共に身体はゆがんでいきます。それは不正な事なのでしょうか。いや、きっと不正な事なのでしょう。だから人はモノに対して完璧を求めるのでしょうか。
しかし、俗に「美しい」と言われる物には、いびつであったり、ひずんでいたり、ゆがんでいるものもあります。むしろその方が多いかもしれません。地球も真球ではありませんし、植物は自由に枝を伸ばしていきます。絵画や彫刻と言われるような美術作品もいびつであったり、音楽などでもも音がひずんでいたり、映像作品がゆがんでいたりします。
つまり僕は何が言いたいのかと言うと、人間と言うのは、何もかもきっちりカッチリだと疲れてしまうと言う事です。朝決まった時間に起きて、きっちりと仕事をこなし、各々役目を果たしていくのはとても大事な事です。しかしそれだけでは人間疲れてしまう。たまには少し変わった事をすると、新しい発見があったり、とても新鮮な気分になれたりする物です。ダラダラと怠惰な朝を迎えるのも良いでしょう。一日睡眠を貪り、時間を無駄に使うのも良いでしょう。
長々と書きましたが、要は、僕は今週末、ダラダラと怠惰に無駄に時間を過ごしてしまおうと自分自身へ宣言して誓っているのです。それは毎週の事じゃないのかい? と言うのは絶対に言ってはいけません。そんな事を言ったらソレこそ口が歪みますよ。「不正」なのですから。
腰の痛みが治まらない。脊髄神経の情報を遮断するという薬を飲んでいるから、それが効いている時は痛くも何ともないが、薬が切れるととんでもない事になる。今は腰よりも痛みがだんだん下に降りて来て、左脚のくるぶしの所まで痛くなる。
いきなり泣き言じゃないか。
ギックリ腰のせいで先週2日休んだら、仕事がもの凄い溜まった。いや、量としてはたいした事は無いのだけれども、厄介な案件が溜まってかなり難儀した。昨今のご時世で、どこの会社も社員が休んだ時のサポートの体制と言うのが全く取れていないように、我が社も同じような状況なので、どんなに緊急の案件があっても担当者がいなければほったらかしである。そういえば数年前インフルエンザで一週間近く出社停止になった時は大変な騒ぎだった。会社から「他の社員に感染するから(家族の感染でも)会社に来るな。来る場合は治ったという診断書出せ」と言われたのに、休んでいる間、仕事は全く処理されなかった。大騒ぎだった。大騒ぎになったのでそのルールは次年度にはなくなった。
いかんいかん。また泣き言だ。
でも考えてみると、そんな事もサラリーマンだから言える事であって、自営業の人は、休み=収入無し、になるので、やっぱりどこか雇われ人としての甘えもあるのだろうと思う。
だから最近ちょっと忙しい。
忙しいのだけれども、今日、ちょっと先が見えて来た。
だからブログが書ける。
明日は書けるだろうか? ブログが毎日更新出来るような心に余裕を持って生きて行きたいものだ。「言わない」と言っておいて、最後まで泣き言だった。こころからお詫びします。今後も、「また読んでしまった」と思わせるような、くだらない内容のブログを書けるように、精進していく所存で御座いますのでご容赦ください。日本語が変だな。でも多分、それはギックリ腰のせいだと思う。責任転嫁だな。僕の人生、責任転嫁の人生である。逃げろ。
昨日の朝、会社に行く為にタンス部屋(タンスだけを置いてある部屋)で靴下を履く為に前屈みになったら腰から左脚にかけて電流が走り、そのまま動けなくなった。
「これは宇宙人の、キャトル・ミューティレーションの為の攻撃かっ!!」
とは思わなかったが、もう、激痛で動けないのである。声をやっと絞り出してお弁当を作っていた奥様を呼び出す。奥様はキッチンで火を使って換気扇を回しているのでなかなか僕の声が聞こえない。「おほほ〜い」と、文字にするとアラレちゃんの挨拶のような情けない声を出していたら、奥様がタンス部屋の襖をガラリと開けた。
「どうしたの?」
「痛くて動けない……」
奥様は暫く考えた後、「こっち(リビング)までハイハイで出てこい」と言った。
「痛くて動けない。引っぱって」
と僕が言うと、「重くて引っぱれる訳ないだろ。自力で出て来い」と言い放ち出て行った。
なんとかずるずると、まるで生まれ落ちたばかりの小ヤギのようにリビングまで行くと、枕を奥様が用意していてくれたので、その上に崩れ落ちるように横になると、その日は全くそこからお語気出す事が出来なかった。当然会社は休むハメに。
そして今日。少し動けるようになったので、もう一日会社を休んで、病院へ行く事に。
診断結果は「急性腰痛症」英語で言えば「Low back pain」ドイツでは「魔女の一撃(Hexenschuss)」と言われる、要は……ギックリ腰である。
息子はその結果を聞いて大爆笑。元気になったら覚えていろよ。